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『多面的観点とは』

「多面的観点」

普段口にする事もなく、聞いたことすらない人が多いのではないだろうか。

先ずは具体例の前に、多面的観点の定義を説明しよう。

 

"一つの事柄に対して、様々な角度から捉える事が出来る目(考え方)のこと"

 

読んで字の如くといった感じだが、これが多面的観点の定義である。

 

例えば、学問の一つ「数学」を挙げた時、「数学は将来必要ない。」と口にする学生が多く見受けられる。

だが、これも多面的観点の前では笑止千万、「数学者になる」「数学を用いた職に就く」という観点からすると、数学は何らかの必要性があると言える。

 

更に具体例を挙げよう。

 

Q.動物園の動物は幸福か否か。

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A.観点によるから一概には決められない。

 

これ迄の文章の内容の傾向から、この質問は愚問であり、答えも身も蓋もないではないかと思った人もいるかもしれないが、これこそが正に"多面的観点"なのである。

解説すると、

 

幸福…長生きが出来る(長生きの面)

           動かずとも食料を与えられる(楽さ)

 

不幸…檻の中に入れられる事で自由が無くなる(行動の制限)

           動物としての野性さが無くなる

 

このように、様々な観点があり、一概に動物園の動物が幸福であるかは断定できないのだ。

勿論、価値観によっても何が幸福であるかは変わってくる。

「「価値観とは、"何を以ってそれを価値とするか。物事の優位性"の事である。」」

 

ここから敷衍していくと、一般的に言われる「殺人は悪」というのも、観点によっては否定出来るのだ。

この論に面食らった人もいるかもしれないが、その反面、これ迄説明してきた多面的観点を用いると、この論に納得出来る人もいる筈だ。

 

勿論、倫理的観点や法律という観点から観ると殺人は悪だが、例えば「野性的な観点」から観ると、弱肉強食に逆らう事で、種として優秀な者がストレスを感じてしまう。

一方で、弱者的な観点から観ると、殺人があることで死のリスクが出てくる。

こういった観点から観ると、当然殺人は悪だと一概には言うことができない。

多面的観点から観ると、正義の反対は「悪」ではなく、「また別の正義」なのである。

 

これ以上は例を挙げても果てが無いので終わりとする。

 

日々生きていく中で、人生が理不尽に感じ、世界が混沌としたものに見えようと、そのものの一点だけに目を見張らなくてもいいのだ。

対象となるものが変わるのではなく、自分自身の視点を変える事で世界がシンプルに感じられる。

 

さあ、他人が感じる混沌と自分が感じる秩序の境界線の世界を何と名付けようか。

 

…雨が頬を強く叩き始めてきた。

生憎傘を持ち合わせてない自分が癪の種と感じる雨も、涙で頬を濡らす人からしたら、丁度涙を洗い流してくれる神の恩恵とでも感じるのだろうか。

 

多面的観点の力を借りて、容赦無く降り続ける雨を「神秘の水」と名付けた。

 

肝心な事を忘れてしまっている気がするが、それは一先ず頭の片隅に置き、滑る足元と眼前の人混みに気を遣いながら家路へと急いだ。